産業ネットワークのIP化を低コストで実現する技術─Single Pair EthernetとNessumの可能性

現代の産業界において、コスト効率の高いIPネットワークソリューションの重要性はますます高まっています。その中でも特に注目されている「Single Pair Ethernet(SPE)」と「Nessum」に焦点を当て、これらの技術がどのように産業用ネットワークの課題を解決し、DX化に貢献するかを解説します。
産業ネットワークのIP化が求められる理由とその課題
産業用ネットワーク(ビルオートメーションやファクトリーオートメーションなど)のフィールドレベルにおいては、RS485に代表されるレガシーかつ非IPの通信方式が未だに多くの現場で使用されています。
これらのレガシーなネットワークを使い続けることは、さまざまなセンサーと連携した高度な制御や、運用の効率化を行うにあたり、通信速度や機能の拡張性の面で課題があります。また、2024年12月に欧州でサイバーレジリエンス法(CRA)が施行されたことを受け、さまざまな分野のIoT機器は、そのライフサイクル全体において、CRAのセキュリティ要件を満たすことが求められます。レガシーな非IPネットワークは、最新のセキュリティ要件を考慮して設計されていないため、潜在的な脆弱性が生じ、サイバー脅威の入り口となる可能性があります。
ネットワークのIP化は、これらの課題を解決し、生産性向上、高度なデータ収集・分析、保守運用の簡素化(リモートメンテナンス)など、多くのメリットをもたらします。
Ethernetだけではない、IPネットワーク化の新たな選択肢とは?
HMSネットワーク社の調査によると、産業用ネットワークにおける新規接続ノードの71%がEthernetで接続されています(フィールドバスが22%、無線が7%)。ネットワークのIP化と聞いてあなたが真っ先に思い付く手段は、既存のネットワークをEthernetで再構築することではないでしょうか。しかし、この方法にはいくつかのデメリットがあることを知っていますか?
「新規配線のコスト」、「100m毎にHUBの設置が必要」、「コネクタとケーブルのサイズが大きすぎる」など、多くの産業用途において見過ごすことのできない課題があなたを悩ませます。これらの課題を克服し、IPネットワークのメリットを最大限に活用することが重要です。
次世代のEthernet技術「Single Pair Ethernet (SPE)」とは?
Single Pair Ethernet (SPE)は、1対のケーブルでEthernetベースの通信が可能な次世代の産業用Ethernet技術です。従来のEthernet通信には、2対または4対のケーブルとRJ45コネクタが必要でしたが、SPEではそれらの軽量化と省スペース化を実現し、配線作業の軽減や機器の小型化に貢献できます。
伝送速度は、伝送距離1000mで10Mbps、伝送距離40mで1Gbpsを可能とし、OSIネットワークの第2層から第7層は、従来のEthernetと共通です。さらには、PoDL(Power over Data Line)を介してデバイスへのDC給電(最大50W)も可能です。

SPEの標準規格
SPEは、IEEE 802.3標準シリーズにおいて通信の技術仕様が定義されています。
規格 | 名称 | 概要 |
---|---|---|
IEEE 802.3cg | 10BASE-T1S |
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IEEE 802.3cg | 10BASE-T1L |
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IEEE 802.3bw | 100BASE-T1 |
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IEEE 802.3bp | 1000BASE-T1 |
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また、ケーブルの構成・構造に関する要件はIEC 61156シリーズ、コネクタの形状・インターフェースに関する要件はIEC 63171シリーズで定義されています。本記事ではその詳細は割愛します。
SPEの活用分野
SPEは、元々自動車産業向けに開発された技術ですが、今では車載ネットワークに限定されることなく、以下のようなさまざまな分野への応用が期待されています。[1][2][3]
- ファクトリーオートメーション
- ビルオートメーション
- ロボティクス
- データセンター
既設配線を活かす革新技術「Nessum」とは?
Nessumは、既設の配線をそのまま活用し、長距離・広範囲なネットワークを構築可能な次世代の通信技術です。ツイストペア線、同軸線、電力線などのさまざまな線を、線種を問わずに通信用の線へアップグレードが可能であり、配線の形態にも限定されないトポロジーフリーな技術として、低コストでのネットワーク構築に貢献できます。L2スイッチの機能が備わっているため、IPとシームレスな統合が可能です。
伝送速度は、伝送距離数kmで数Mbps~数十Mbpsを可能とし、Masterあたり最大1024台のデバイス接続とマルチホップによる自動中継技術で大規模ネットワークを構築可能です。さらには、強固な耐ノイズ性能と帯域幅の柔軟な変更により、ロバストな通信を実現しています。

Nessumの標準規格
Nessumは、IEEE 1901標準シリーズにおいて通信の技術仕様が定義されています。
規格 | 概要 |
---|---|
IEEE 1901 |
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IEEE 1901a |
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IEEE 1901b |
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IEEE 1901c |
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Nessumの活用分野
Nessumは、元々高速電力線通信向けに開発された技術ですが、今では電力線以外のケーブルを活用し、以下のようなさまざまな分野への展開が進んでいます。[4][5]
- ビルオートメーション
- 業務用空調(HVAC)
- 集合住宅向けインターホン
- スマートグリッド/スマートメーター
Nessumが構築するエコシステム─製品とパートナーの広がり
Nessumアライアンスは、会員企業が開発・提供するさまざまな製品で構成されるエコシステムを構築します。これらの製品は、製造業者の開発者およびエンドユーザーが、コスト効率が良く信頼性の高いIoTネットワークを構築できるよう支援します。
そして、この技術に興味のある方は、すぐにその有効性を検証することができます。
SPE vs Nessum─それぞれの違いと強みを徹底比較!
Single Pair Ethernet (SPE)とNessumは、どちらも1対(2線)のケーブルを伝送路とした産業用ネットワークのIP化に貢献する技術であり、それぞれ異なる特徴と強みを持っています。それぞれの技術の特性を理解し、最適なソリューションを選択することが重要です。
- 規格に準拠したケーブルとコネクタによる通信性能の保証
- 長距離(伝送距離1,000m)または高速(伝送速度1Gbps)を選択可能な柔軟性
- 全二重通信によるリアルタイム性の向上
- デバイスからクラウドまでEthernetベースの統一された通信
- 線種や配線形態に制限されることなく、既設配線を活用可能(新規配線不要)
- 多台数接続とマルチホップ技術による広範囲なネットワーク
- 電力線通信で培った耐ノイズ性能と帯域幅の柔軟な変更によるロバスト通信
- デイジーチェーン接続において、経路途中の機器に障害が発生しても通信を維持可能
Nessum | Single Pair Ethernet (SPE) | ||||
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Nessum WIRE | 10BASE-T1S | 10BASE-T1L | 100BASE-T1 | 1000BASE-T1 | |
Standard | IEEE 1901 | IEEE 802.3cg | IEEE 802.3cg | IEEE 802.3bw | IEEE 802.3bp |
Communication Speed |
Several to tens of Mbps(*) |
10 Mbps | 10 Mbps | 100 Mbps | 1 Gbps |
Connection | Point-to-Multipoint (Free Topology, 1,024 nodes) |
Point-to-Point or Point-to-Multipoint (Multidrop, 8 nodes) |
Point-to-Point | Point-to-Point | Point-to-Point |
Communication Distance |
Several km(*) | 25 m | 1,000 m | 15 m (UTP) 40 m (STP) |
15 m (UTP) 40 m (STP) |
Transmission | Half Duplex | Half Duplex | Full Duplex | Full Duplex | Full Duplex |
Cable | Any type of cable (No new wiring) |
SPE cable | SPE cable | SPE cable | SPE cable |
まとめ─SPEとNessumがもたらす価値とは?
さまざまな社会背景が、産業用ネットワークのIP化を推し進めています。本記事で紹介したSingle Pair Ethernet (SPE)とNessumは、従来のEthernetによるネットワークの再構築に課題を感じている人に、コスト効率の良いソリューションを提供することができます。
それぞれの特長を理解することで、あなたのビジネス戦略に多大な価値を付与することができるでしょう。
参照
[1] Use Cases - Single Pair Ethernet System Alliance
[2] Single Pair Ethernet Use Cases | Single Pair Ethernet
[3] Single-Pair Ethernet (SPE) PHYs and Switches | Microchip Technology