昨今のIoTアプリケーションの多様化に伴い、図1のように通信には高速化や長距離化が求められるようになっています。
長距離化に関しては、BEMS(Building Energy Management System)やFEMS(Factory Energy Management System)、スマートメーターなどの大規模ネットワークの場合、機器間の通信距離が長くなります。その一方、大規模とは言えないHEMS(Home Energy Management System)においても、住宅設備・家電・センサーなどのさまざまな機器が接続されるため、通信には高いロバスト性が求められます。Nessumではマルチホップ技術が一つの有効な解決手段となりますが、Nessum対応の端末を通信品質の観点で最適な場所に設置することができず、長距離化が困難となる場合もあります。
一方、高速化に関しても、主にセキュリティやエンターテインメントの分野においてカメラ映像の高画質化(4K/8K)が進んでおり、速度不足が懸念される場合があります。
このような課題を解決するための新たな技術が考案されました。
図1. 通信の高速化と長距離化
通信の長距離化や高いロバスト性を実現するには、通信帯域内のSNR(Signal to Noise Ratio)が高いこと、すなわち伝送路の減衰およびノイズが小さいことが求められます。
劣悪な環境の例として電力線の伝送路を考える場合、分岐が多数存在し、不特定多数の負荷(電気機器)が接続されるため、減衰あるいはノイズが少ない帯域を選択して通信を行う必要があります。電力線の単線ケーブルの伝送路特性を測定すると、高周波ほど減衰が大きくなります。単線VVF(Vinyl insulated Vinyl sheathed Flat type)ケーブルを使用した時の受信スペクトルは、ケーブル長が長くなるほど高域側の信号が大きく減衰しています(図2)。
また、Wavelet OFDM方式では、サブキャリアベースで102本以上(注1)の可用帯域を確保できない場合にはリンクが確立しない仕様となっています。そのため、低域側に信号が残っていても、通信帯域内の信号の大部分が減衰し可用帯域を確保できない場合には、通信ができません。したがって、通信の長距離化を実現するには、低域側に十分な数のサブキャリアを確保するため、サブキャリア間隔を変更できるような機能が必要となります。
一方、高速化の用途において、その伝送路は主に同軸線や制御線になります。これらの線は通信の専用線ですので、通信帯域内の減衰とノイズは電力線より十分に小さくなります。高速通信を実現する方法として、長距離化と合わせて1つのIPコアで実現可能な観点から、サブキャリア間隔を変更し広帯域化を図る方式が採用されました。
図2. 受信スペクトルの例(単線VVFケーブル使用時)
国際標準規格IEEE 1901-2020で規定されている、Nessumの動作モードを図3に示します。2~28MHzの帯域を使用する標準モードが基準となり、高速化については、帯域を2倍または4倍に拡張することで、通信速度も同様に2倍・4倍となり、4倍モードでは最大PHY速度1Gbpsでの通信が可能です。
一方、長距離化については、通信帯域の狭帯域化を行っています。前述のように、距離が長くなるにつれて高域の減衰が大きくなり、低域の信号しか通らなくなるため、低域に信号のエネルギーを集約することで、より遠くまで伝送が可能となります。1/2倍と1/4倍の2つのモードがあり、1/4倍モードでは標準モードに対し、約2倍の長距離化を実現します。
また、環境によっては必ずしも低い周波数が通りやすいとは限らない場合もあるため、狭帯域のチャネルを複数用意し、ロバスト性の向上も行っています。
2023年8月にIEEE P1901c WGにより承認されたDraft Standard v1.0では、更なる長距離化として、1/8倍、1/16倍、1/32倍のモードが追加されています。
図3. 通信のモード
IEEE 1901-2020で規定されているチャネル("x-NN"はチャネルのID)が図4になります。
x-1からx-15までの15のチャネルがあり、x-1が標準モードのチャネルになります。このx-1を基準とし、帯域幅が1/2倍・1/4倍のチャネル、および2倍・4倍のチャネルがあり、同じ帯域幅で使用周波数の異なるチャネルを複数用意することで、ロバスト性を向上しています。長距離化・ロバスト性向上に寄与するx-1からx-7のチャネルがIEEE 1901-2020の中でMandatoryとなっており、高速化に寄与するチャネルについてはOptionalとなっています。ユーザーは伝送路の状態に応じて最適なチャネルを選択することが可能です。
Nessum IPコアの各チャネルにおける使用周波数と最大PHY速度を表1に示しています。電力線利用時は、他システムへの干渉を抑えるためにノッチが必要となる一方、専用線利用時は、基本的にノッチが不要となります。また、Nessum IPコアでは、ハードウェアの制約により、帯域内にある512本のサブキャリアの内、432本のみを使用します。したがって、各チャネルで使用する周波数はIEEE 1901-2020で定義されている帯域幅よりも狭くなります。この時、1/2倍モードと1/4倍モードは標準モードと比べサブキャリア間隔が狭いため、使用不可のサブキャリア数に相当する帯域も狭く、特に専用線利用時には低域のチャネルの開始周波数は小さく、高域のチャネルの終了周波数は大きくなります。
チャネルについても、IEEE P1901c Draft Standard v1.0では、x-16~x-27のIDが追加されています。
図4. チャネル一覧
Channel ID(注3) |
電力線 (海外:2~100MHz) |
電力線 (国内:2~28MHz)(注1) |
専用線 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
周波数 [MHz] |
最大PHY速度(注2) [Mbps] |
周波数 [MHz] |
最大PHY速度(注2) [Mbps] |
周波数 [MHz] |
最大PHY速度(注2) [Mbps] |
|
x-1 | 2.0 - 27.9 | 220 | 2.0 - 27.9 | 220 | 1.9 - 28.2 | 250 |
x-2 | 2.1 - 13.9 | 103 | 2.1 - 13.9 | 103 | 1.0 - 14.1 | 125 |
x-3 | 16.6 - 27.9 | 102 | 16.6 - 27.9 | 102 | 16.6 - 29.7 | 125 |
x-4 | 2.0 - 6.9 | 40 | 2.0 - 6.9 | 40 | 0.5 - 7.1 | 62.5 |
x-5 | 8.3 - 14.9 | 59 | 8.3 - 14.9 | 59 | 8.3 - 14.9 | 62.5 |
x-6 | 16.1 - 22.7 | 57 | 16.1 - 22.7 | 57 | 16.1 - 22.7 | 62.5 |
x-7 | 23.9 - 30.5 | 42 | 23.9 - 30.5 | 42 | 23.9 - 30.5 | 62.5 |
x-8 | 4.3 - 56.5 | 449 | 4.3 - 27.6 | 185 | 3.9 - 56.5 | 500 |
x-9 | 33.2 - 59.5 | 250 | N/A | N/A | 33.2 - 59.5 | 250 |
x-10 | 32.2 - 45.4 | 125 | N/A | N/A | 32.2 - 45.4 | 125 |
x-11 | 47.8 - 61.0 | 125 | N/A | N/A | 47.8 - 61.0 | 125 |
x-12 | 7.7 - 99.7 | 830 | 7.7 - 27.5 | 136 | 7.7 - 113.0 | 1000 |
x-13 | 66.4 - 99.9 | 336 | N/A | N/A | 66.4 - 119.0 | 500 |
x-14 | 64.4 - 90.7 | 250 | N/A | N/A | 64.4 - 90.7 | 250 |
x-15 | 95.7 - 99.9 | 42 | N/A | N/A | 95.7 - 122.0 | 250 |
分散型エネルギー(DER:Distributed Energy Resources)システムやAMI(Advanced Metering Infrastructure)システムにおけるデータ通信にNessumの活用が進んでいます。このような活用例では、扱うデータの秘匿性が高く、ネットワークが大規模なものであることから、セキュリティに対しても高度な要件が求められています。
そこで、セキュリティ機能の高度化のため、IEEE 1901-2020にIEEE 802.1X認証の仕組みを導入し、IEEE 1901bとして規格化を行っています。IEEE 802.1Xは既に有線LANや無線LANの企業向けセキュリティ技術として用いられており、下位レイヤーの通信方式の一つとしてNessumが対応した形になります。
下図が通常版(IEEE 1901-2020対応版)とIEEE 1901b対応版の概要になります。
Nessumは、通常版においてもデータの暗号化、トーンマップ生成機能、動的鍵更新機能など、高いセキュリティを有した通信方式になります。しかし、万が一にはなりますが、認証用の鍵情報が盗まれた場合には悪意を持った第三者がネットワークへ不正に侵入するリスクがあります。
IEEE 1901bに対応することでTerminalと認証サーバーとの間で認証を行います。その際、悪意を持った第三者はサーバーとの認証に通らないため、認証用の鍵情報を入手できずネットワークに参入できません。
このように、IEEE 802.1X認証に対応することでネットワークに潜む脅威(第三者の不正侵入など)への対策が強化されています。
Nessumを用いることで、住宅から社会インフラまでの幅広い分野(図5)における本技術の適用が容易になっていくと確信しています。
長距離化では、スマートメーターのデータ収集やストリートライトの状態監視・制御、さらには、ビルや工場において太陽光発電や蓄電池などの創エネ・蓄エネ機器と空調・照明機器の制御を組み合わせるエネルギーマネジメントシステムなどへの適用が有効となります。
一方、高速化では、高画質化(4K/8K)が進む監視カメラの映像伝送や高容量が求められるWi-Fi機器の幹線ネットワークなどへの適用が有効となります。
Nessumがその進化によりあらゆる分野に展開され、今後爆発的に増加するIoT機器をつなぐ基盤技術として大いに役立つことを期待しています。
図5. Nessumの活用分野